なんで生きてるのかわかんない世界が終わっちゃえばいいのに

もう無理です苦しい思いが来なきゃいいのに

安心して生活していたいですもう全て終わりにしたいです全て忘れてなくなっちゃってほしいです

ふつうの人みたいに過ごしたいのにそれができません、笑えません楽しいことですら苦しいことが頭にずっとあって楽しい気持ちがわかりませんもういやだ

寂しい思いを思い出したくないのになんで思い出して泣いてしまうのかわかんない強くなりたいのに全然強くなれない頑張っても頑張りきれないもうどうしたらいいのかわからない

苦しんでなんで生きていかなきゃいけないの?

ずっとずっと生きてきたけど解決方法はまだ見つからないしもう諦めたいです

自分が恵まれてることも幸せなことももうわからなくなっちゃって、自分を責めることしか出来ないですみんながとても楽しそうに見えて頑張っているように見えて、自分と比べると全然比にならなくて、絶望することしかできないし生きてていいんだろうかと思います

まだ全然自分はだめだからいい子にならなければいけませんいい子になって素直な子になってかわいい子になって愛されたいです安心した毎日に笑って苦しことにも耐えて頑張って生きていきたかったです台無しにしたのは全部自分のせいですなんで頑張れなかったのでしょうかわかりませんくるしい

精神科の先生は、自分のせいだと責めることがよくないとかあなたのせいじゃないから苦しいこと考えるのやめなさいとか言うけど、やめられたら今苦しんでないよ前向いて頑張ってるよ

ぼくが死んでも誰もわかりません覚えてません

頑張ったという結果もありません

でもそれでいいです全部消えてしまいたい

みんなの記憶に残らなくていいですそう思い始めてからもう頑張れなくなりました、頑張り方がわからなくなりました

毎日苦しむのはいやですもうやめたいですすごく苦しいですつらいです

寂しいですなんで泣かなきゃいけないの?もうわからないわからないことだらけでつかれた

寂しい


中学生のときから毎日のようにいろんなことがあって苦しんでたのに、ひとりでがんばらなきゃって思い続けてきたのがすごく寂しい。なんでずっとひとりで部屋に隠れて泣きながら耐えてたのかわからない。きっと、どこにも行くところがないし助けてとも言えないし、頼れる人も居なかったからだけど…。
だけど、ぼくは殴られるときに誰かに庇ってもらえたこともないし、ごめんね痛かったねと抱きしめられたこともないし、もう大丈夫だよ怖くないよって守られたこともない。だからひとりで耐えることしかできなかったし、ほんとにひとりぼっちだった。
泣いて苦しみながら我慢してるのが誰かに伝わったらいいなって思った。心の中でずっと助けて助けてって呼んでた。誰にも言えないけど守られたかった。部屋に閉じ込められて叩かれたりつねられたり引っ張られて引き摺られたりしてたのが、もうなんでだかわからない。逃げられないし助けてと叫べないし誰も守ってくれないし。ほんとにほんとに怖かった。毎日生きてた気がしなかった。なんで気に食わないってことを理由にこんなことをされるのか理解できなくて、自分なんて大切じゃないんだって思った。逃げ場もないし、自分を守ることもできないし、目を離したら大切なものを壊されてしまうし…。この実際の苦しい状況がそっくりそのまま誰かに伝えたかった。伝えられたら自分を守ってくれるのにと思ってやりきれない悔しさで自分を責めてた。
だからずっとひとりだった。誰かに守ってほしかった。ふつうに愛されてみたかったし、死にたいなんて考えになってほしくなかった。
なのに、少しは話せるようになった今でも見捨てられてしまうのがとてつもなく苦しかった。児相に自分が苦しんでること話したのに見捨てられて帰ったとき、どこ行ってたんだった怒られて殴られたときも、病院や学校の先生に話したときも、なにも変わらなくて自分で頑張っていこうねって言われただけで、家に帰れば先生から親に伝わっていて、なんでそんなこと話したの?!悪者にして楽しいの?!って怒られたときもずっとひとりだった。なんで今も苦しいのかほんとにわからない。もういいんじゃないかって自分でも思う。だからもういいんじゃないかって思うのに苦しいことは重なるし、忘れられないし、だからと言って誰かに守ってもらえて大切にしてもらえるわけではないのだから死にたくなってしまう。
高校に行き始めて、ともだちの行動をよく知るようになってから、なんで簡単に彼氏に愛されて毎日楽しそうにして泊まりに行ってるのか理解できなかった。家に帰りたくないし親に会うのが嫌だからっていう理由で彼氏の家泊まるとか、色々と嫌なことあったから会いにきて遊びに連れてってくれるか、羨ましいのもあったけど、簡単に愛されて守られてる人が仲の良いともだちには全員いたからさみしかった。なんでこんなに頑張ってきたのに、なにも変わらなければ大切にされることもなかったのだろうっていっぱい考えた。そしたらもっとひとりぼっちになってしまって悲しかった。泣いてたら、大丈夫だよと優しく抱きしめてもらえてる光景を目の前にして全てを投げ捨ててやりたくなって死んでしまいたくなった。これから頑張るっていう考えがどうしてもできなくなってしまって死んで全て苦しいことを忘れたいとしか思えない。もう頑張りたくない。もう誰も見たくない寂しい苦しいがずっと頭の中でループしてる。それが一日中毎日続くから我慢しようとしてるけど、時々我慢に耐えられなくなって泣いてしまう。泣いてもどうにもできないのはわかってるけど、過去も今も全部、死んで変えてしまいたくなる。誰かに悲惨な状態の時、守られてみたかったし、大切にされてみたかった。だからほんとに寂しくて苦しかった。

 

 

死んだら、気づいてもらえるかなって、夢、見ちゃうよね。

あのね。だからね。崖に追いつめられても、死んだらだめだよ。
怖くても、怖くても、踏みとどまれ!


でもさ。
たまにさ。夢、見ちゃうけど、生きてるよ。

だから一緒に生きよう。

 


天国に囲まれてる場所で、乾いた川に水が流れた時、人は夢を見る。きれいな水と汚れた水が交互に流れる。汚れた水では数多の固い小石は流れない。きれいな水が流れた時、乾いた川は生き返り幸せをもたらす。
ただ人は夢を裏切る。裏切られた夢は儚く消え、やがて天国に堕ちる。丸い籠の中で産まれた苦しみは、どこへ堕ちても必ずと、天国が包み込んでくれる。だからぼくは何も怖くない。

 

好きなこと、嫌いなこと。嫌いなことはしたくない。好きなことは信じたい。唯物論の中で産まれたぼくは"自分自身だけの"虚構しかわからない。ただの「虚構」なだけなので、ぼくを騙すために作られたのではない。よってフィクションを虚偽かどうかを判断するやいなか、物事に対して"自分自身だけの"自明性"によって支えているのだ。

 


ぼくがココにいるとき、足場ができる。
見えない頭の外には足場がない。
ぼくがソコに存在したとき、足場はつくられ空間と時間をつくる。そのとき"ココ"は一時的に消える。

 


ねこが眠いと鳴いていた
空が嘘をついた…

 


目が覚めるまでは何も知らなかった。
知らないほうがよかった…
知ってから後悔しては無意味という当たり前の理論を
ぼくは信じたくはなかった・・・

 

 


カーテンが揺れて風と光が入ってきていることに気がついた。
ヒステリックさんはにこにこしていた。
いつものように外に出る。
きららさんと夢ありさんと地震さんが話している。

 

)昨日なかなか塾の課題が終わらなくって…
しかもその後読書に熱中してたから寝るの遅くなっちゃったんだよね

)あたしは彼氏が学校まで迎えに来てくれたから、そのまま遊びに行ったんだけど、親がうざくて家に帰りたくなかったから彼氏の家に泊まってたー

)みんな充実してていいな。わたしなんか昨日家に帰ってから暇すぎて、勉強もしたくなかったしTwitter見てキャスして夜更かししてただけだよ

 

変わらない日常の会話の中に溶け込めないので、無意味と判断し耳を貸すのをやめた。
かわいい食べ物やかわいいメイク道具、かわいいアイドルみたいな自撮りが並ぶネット世界。
現実では自撮りするためだけに、カラコンを入れてアイプチをして、用事もないのにメイクして服を着替える。そして沢山の中から厳選した写真を加工して満足している人たち。その工程を隠し続いている時間の流れの一部を、静かに取り上げたように載せる。
みんな頑張って生きている。
みんな頑張っている…


頑張っているのにも色々な意味が存在するの
だ!!!!!

 


ぼくはトイレに行き、隠れて悪事を働かす。
思考停止して時間が戸惑うことなく流れていくのが非情に豊かなものである。誰も知らない感情が、身体を包んで寂しさを消してくれた。
このまま包んでいてくれ、と儚く思う。とても虚無で虚しいものだ。

 



決められた時間を過ごし、自由に戻る。
天気はとても良く、楽しそうな声が聞こえた。
全て裏切って消えてしまいたくなる。
ねこが寂しいと鳴いていた


たくさんの整列した人の列に並び、ぼくはバスに乗った。とても天気が良く、ゴトゴトと揺られながら病院へ向かう。

 

バスの中に一人の男の子と、一人の男の人が乗ってきた。二人は前の席に一緒に座った。男の子は同い年くらいだろうか。高校生くらいのように見えた。その子は一言も話さず静かにスマホに目を向けた。

 

なにのうのうと生きてんだ!!!!お前、今の状況もわかってないのか!!!!ふざけんな!!!!

 

とても大きな声が静かなバスの中に響いた。
怖かった。
なにが起きたのかわからなかった。
男の子はスマホを見るのをやめ、怒鳴り散らした声に驚きを隠しながら目線を上げた。

 


お母さんが病気で危ないんだぞ!!!!これから大きな手術があるんだ!!!もう助からないかもしれないんだぞ!!!今お母さんはこの病院の中で一番危険な患者なんだと一番偉い先生が言ってたんだ!!!それも理解しないでお前はなんで何も言わない!?!?お前がお母さんと変わって苦しい思いを知れ!!!!この親不孝が!!!!

 


親不孝・・・

 

男の子はやはり一言も話さなかった。目に涙を浮かべ怯えていた。男の人の怒鳴る声はとても怖いものだった。男の人にはバスの中の人々が見えていないようだった。

 

人間はどうしようもない苦しみに押しつぶされて限界を迎えた時、自分の苦しみを自分が思うそのままに、全てを相手に理解して欲しくて誇張した発言をしてしまう。憤慨した感情が漏れた時、周りが見えなくなり、今まで誰にも当たれなかった怒りを、当たってしまいたくない相手に我慢ができずに傷つけてしまう。傷つけたくない人を大切にしていたいのに、憎しいどうしようもないやるせない気持ちや、理性や知性では抑えきれなくなった情念を、恣意にぶつけてしまう。感情は理屈では捉えきれない非合理なものである。

 

なによりも大切なものを失うということ。
願っても叶わない不幸な事実を現実には受け入れられなかった。

 

だが、男の子は親不孝なことをしたのか。
公共の場で沢山の人に見られながら怒鳴られる惨めな姿はとてもストレスなものだと思う。いや、惨めな姿ではない。とっても強かったのだと思う。
涙が浮かんだ目に親不孝は見えなかった。怒鳴られた言葉に反抗せず、男の人の感情をしみじみと受け止めていた。


ぼくは逃げたかった。幼い時を思い出してしまったから。無理矢理受け入れるという寂しさに、やり切れなくて悲しかった。

 


誰かが安心させてあげなきゃいけない。
誰かが受け止めてあげなきゃいけない。
そして個人のイデオロギーを壊さなければいけない。その理念を壊すことによって、その空いた心を誰かが埋めてあげれば人を救えるのではと思う。
不幸に不幸が重なると、微小のことですら不幸に感じ、幸せを見つけられなくなる。その感情がパラドックスとなり、いつまでも抜け出せなくなる。きっとその前に、早めに助け出してあげることが必要なのだ。
でも、それは相手に負担がとてもかかる。優しさだけではどうにもできない。

 


とても虚しい…
男の子は壊れてしまうのだ…



外が暗くなってきた。雨が降ってて外は寒そうだ。温かい光の家の中で迎えられ、温かいご飯を食べ、きれいなお湯に浸かり、ぬくぬくした布団に入った。

 

今日もきららさんと夢ありさんと地震さんは生きていた。それぞれが幸せそうな今日を過ごしていた。考えるのをやめ、電気を消した。

 


温かかった。
なのに、なのに、泣いてしまった
ほんとうの幸せって何?
なんで幸せなはずなのに、泣いてしまうの?
なんで?
なんで誰も答えてくれないの?

もうやめてよ、苦しめないでよ

 

ぼくは夢を見た。
強く抱きしめられた。
幸せが好き。楽しいことが好き。心の底から笑うことが好き。愛されることが好き。
夢を見ることが好き…(?)

 

 

幸せな夢なんか…そんな、そんな夢なんか見たくもなかった。
なんでわたしに幸せな夢を見せたの?
なんでわたしは夢から覚めてしまったの?

 

なんでわたしはこんな世界で生きていかなきゃいけないの!!!!!

 


冬が終わり春がくる輪廻転生を裏切ることでしか幸せはなかった

 

 

 

 

 

 

苦しいこと

 

頭の中がバグってしまってなにもわからなくなってしまいました。こんなはずじゃなかったと願う余りです。
親から殴られた瞬間が忘れられません。あの怖かった場面がフラッシュバックして頭の中から離れません。痛くて怖くて苦しかったことが思い出されて生きてる意味を無くしてしまいます。どうやって生きていけばいいのかわかりません。もう幸せな夢なんて見たくないです。期待して頑張ろうと思ってたら、裏切られるのがとてつもなく怖いです。もうふつうがわからないので他人の意見に同意することができません。

 

勇気を出して大人たちに助けてと言っても行動にしてもらえなかったことはとても寂しかったです。ドラマみたいな出来事なら、ドラマみたいな奇跡な幸せが訪れてもいいんじゃないのかと思います。でもまだ訪れないということは、まだ頑張れてないからもっと一生懸命生きろと言うことなのかもしれません。でももう頑張りたくないです。どうやって頑張って生きていけばいいのかわかりません。ふつうの子になれませんでした。パニックは最近治まったけど、躁鬱とボーダーのせいでふつうでいられません。そのせいで他人に気持ちをわかってもらうことがとても難しいです。どちらもほんとに苦しいです。だから治したいのだけど、ボーダーを治そうとしても躁鬱が邪魔して自分の気持ちに波ができて、上手く治すことも相手に理解してもらうこともできません。


ほんとうは全部認めてほしいです。認めて受け入れてもらいたいけど、そうするまでの努力が足りなくて信じてもらえないのはとても苦しいです。もうどうしたらいいのか絶望的になるし、頭の中の思考が停止してなにも考えられなくなって泣いてしまいます。もうなにが悲しくて泣いてるのかもわからないです。

 

なんで児相に見捨てられてしまったのかもわかりません。誰にも縋れないので誰になにを相談したらいいのかもわかりません。学校に行けなくなったことがきっかけで全ての道を外してだめになってしまったと思っているので自分を責めることしかできません。だけどなんでこんなに怒られなければいけなかったのかもわかりません。なんで暴力になってしまったのかもわかりません。ほんとに全てのことがわからなくなってしまってなにひとつ忘れることができません。忘れられたら楽に生きれるのに、全て嘘であってほしいです。ほんとに嘘であれば、何もなかったように頑張ることができて死のうとなんて思わなくて済むからです。ふつうと比べれば、嘘のような現実で生きてきたようなのだから信じてもらえないのは仕方ないことなのだろうけど、ふつうと比べられたくないです。全部信じてほしかっただけなんです。でも信じてもらえなければこの苦しみを自分の中で押し込めて生きていくしかないです。そう考えると怖くて苦しくなって死んでしまいたくなります。もう苦しみたくないです楽になりたいです。頑張りたくないです誰かに似縋りたいです。

 

だけどほんとは死にたくないです。生きて幸せに過ごしていたいです。生きて幸せになりたいと思うから、これからも苦しいことが続くと思うと死にたくなってしまうんです。一瞬で死んでしまったら全て忘れられて一番いいのかもしれないと何回も思ったけど、やっぱり親不孝になるので色々なことを考えてしまいます。どんなに叩かれて蹴られて酷いことされても親が好きだからです。親が働いてくれてるから生きていけるのだし、迷惑をかけてしまってるし、最後に頼れるのは親しかいないと思うので親を本気で嫌いになれないです。というか、親を嫌いというのはそれが一番の親不孝だと思うからです。大人になった時にあの時こうしておけば良かったとか、親不孝なことをするべきじゃなかったと後悔するのが怖いです。だから無理矢理にでも好きと思わなきゃいけないと、知らないうちに頭の中で固定概念を作ってしまったのかもしれません。だからたくさん考えても矛盾だらけになって思考がバグってしまってわからなくなってしまうのです。

 

大人達に振り向いてもらえなかったのは自分が悪いことをしたから助けてもらえなかったと思うしか毎日を過ごせないんです。でも少しは頑張ったところもあると思うから認めてほしいだけなのにほんとにつらいです。誰にも言えないまま、認めて受け止めてもらえないまま大人になりたくないです。暖かい部屋で毎日安心して寝ていたいです。泣いて不安なまま寝れない夜を過ごすのは嫌です。でも、受け止めてもらって安心して過ごすというのがとても贅沢なことと知ってとても悲しくなりました。それと同時に誰か支えてもらいながら生きている人を見るととても寂しくなります。なんでひとりで頑張っていかなきゃいけないんだろうって思い泣いてしまいます。


簡単なことがなにもできなくなってふつうになれないことが苦しくて、いっそのこと死んでしまえばという気持ちにもうなって欲しくないです。踏み止まることが限界に近づいてきてもなにもできない自分が嫌いです。どうしてもこれが全て夢だと思いたいです。朝起きたら今までの夢から覚めて生まれ変わりたいです。生まれ変わってもっと一生懸命に生きてる子になって、もっと素直でかわいい子になりたいです。来世は幸せに生きて誰かに認められて支えられて、死にたいと思わない人生になって欲しいです。

 

 

 

 

死んでしまおうと思った。何度も駅のホームでこのまま死んでしまいたいと気持ちに陥った。そして何度か死んでしまおうと家を出て踏み切りの前で立ってた。踏み切りの前で特急が来るのを待ってた。全て記憶を消してしまおうと思った。
でもいつも死のうとすると決まって突然頭の中で錯覚を起こす。もし今日寝て明日目が覚めたら、誰かが僕を迎えに来て、優しく抱きしめて、暖かく僕の全部を受け止めて幸せになれるのかもしれないと夢を見た。あとすこしだけ頑張れば楽になると思った。あとすこしだけ生きなきゃと思った。

 

でもその夢が頭から消えたとき、悲しくて涙が止まらなくなって踏み切りの前で座り込んで泣いた。死ねなかった自分が悔しくて許せなかった。記憶も全て、消えてしまいたいのに簡単に消せない。生きてることに後悔しかなくて自分に生きてる意味がないと思った。全て夢だと思いたかった。現実だと思いたくなかった。悲しくて悲しくて苦しくて寂しくてどうしようもできなかった。あとちょっと、あとちょっとだから頑張ろうと自分を慰めて来たのに、あとちょっとなんてなかった。自分にずっと嘘をついてきた。ごめんね自分、と思ってとても悲しくなった。

 

小学校の先生も中学の先生も高校の先生も、病院の先生もカウンセラーの先生も児相の職員さんも、みんないなくなった。
あの日、ずっと3年間誰にも言えなかった気持ちを手紙に書いて児相に行った。緊張してなにも言えないと思ったから、必死に文章にまとめた。まとめながらフラッシュバックして泣いてしまったけど、ここで負けてはいけないと最後まで書きあげた。


それを児相の人に見せるのはかなりの勇気が必要で相当迷った。3年間我慢してきたことを簡単に知らない他人に言う勇気が自分にない気がした。それと同時に親を悪く言って自分は悪いことをしているのではとも思った。あまりにも誰にも相談できなくて何個もの病院へ行っても言えなかったから、自分のしてることが正しいのか間違ってるのか全くわからなかった。でもとにかくほんとに苦しかったので、なにか間違ってるのではないかと思い始めて誰かの助けが欲しくて児相に行った。雨の中もうお家には帰らないと決意して、楽しく過ごせることの期待だけを持って頑張ろうと勇気を出して行った。

 

だけど自分が想像していたことと正反対のことしか言われなかった。大人たちが信じれなくなった。「高校生になるんだからひとりでも頑張りなさい。なにかあったら警察に行けば対処してもらえるから。ひとりでここまで来れたんだし大丈夫だから。」と職員さんに言われた。そして「小さい子なら直ぐに助けてあげるけど、あなたよりも小さい子のほうが優先だし、もう高校生になるんだからもっと強くならないと。」と付け加えられた。

 

そのとき絶望した。ほんとに家に帰りたくないんです!!お願いだから親から離してください!!と言うこともできなかった。大きい荷物が無駄になったとだけ思い、そのまま暗くなった外に出た。雨が降ってた。外に出た途端、動けなくなってなにかが吹っ切れて泣いた。とても寒かった。誰も抱きしめてくれなかった。ほんとにさみしかった。

 

悔しくて悔しくてなにも頑張れなかった。本当の気持ちで肯定されたことがなくて、自分のしてることに正しいのか間違ってるのか全くわからなくなって泣くことしかできなかった。全て記憶を消してしまいたかった。消したい過去がなにひとつ消せなくて苦しかった。消えなくてもいいから誰かに認められたかった。自分が間違ってたとしても、どこか頑張ったところはあるんじゃないかと思いたかった。誰かに抱きしめられたら頑張れそうな気がした。僕は頑張りたかった。普通に笑って楽しく過ごしたかった。当たり前がわからなかった。暴力はだめなの?暴力はなんで正当化されないの?と思った。

 

本当にそれが間違っていたのなら児相の職員さんでなくても、他の場所で大人たちは反応してくれたのではないか。そう考えたら今まで自分はなにも頑張れていなかったんだと思うしか他なかった。親は間違っていなかったんだと思うしかなかった。だから自分が自分を受け止めて生きていかなきゃと思った。

 

そう思ったら、もう頑張っていける自信がすこしもなかった。僕は誰かにあまえたくて弱かった。早く死んでしまいたい。

 

 

過去のお話

なにもかもわからなくなった。なにが正しくてだめなのかわからなくなった。思い出すたびに泣いちゃう。でも僕が死んでしまう前になにかを残しておきたいから今まで過ごしてきた過去を書いておきたいです。

過去のことをひとつひとつ思い出そうとすると、頭がバグってしまって泣いてしまうので、ここでは児相に持って行ったお手紙を参考にして書き残します。



僕が苦しくなった始まりは学校に行けなくなってしまったこと。当時小5だった僕は引っ越してきてからいじめにあった。それを先生は見て見ぬふりをして、ともだち関係が嫌になって学校に行くのが嫌いになった。小6から度々学校を休むようになり先生は怒った。なんで来ないの?なんで先生が電話しても出ないの?出れない理由があるんだから言いなさいって毎回真剣な表情で怒られて怖かった。親も学校に行けないことに怒ってよく叩かれたり蹴られたりした。

そのうち中学生の夏休み明けから全く学校に行かなくなった。パニック障害と鬱を引き起こして動機のせいで外に出られなくなった。塾もピアノもその他の習い事も買い物にも行けなくなった。親は物凄く怒った。学校に行くのは当たり前のことだと怒鳴って、毎日叩かれた。

毎朝7時になると、お母さんが走って部屋に来て怒鳴りながら叩き起こしにくる。部屋に近づいてくる速い足音が怖かった。学校に行けなくていつもお母さんは「そう、学校に行かないのね。じゃあこれから家は地獄になるね。」と言って、ベッドのお布団を無理矢理持って行ってどこにも隠れられないようにして叩いた。足で蹴って手足を抓られた。髪の毛を引っ張られた。赤い痕が足や腕に残ってすごく痛かった。声が枯れるくらい泣いた。

学校に行かない僕が気に食わないを理由に、親は部屋の本棚を倒したり、机を倒したり、服をタンスから出して投げたりした。本も服もゴミ箱も投げられるものは投げつけられた。痛いという感情よりとにかく怖くて仕方なかった。ハサミが飛んで来た時が一番怖かった。親の気持ちが一旦収まったという時には、いつも部屋はぐちゃぐちゃで足の踏み場もなかった。でも直ぐに片付けないとまた怒鳴られて叩かれてしまうという怖さで、無心に泣きながら毎日片付けてた。朝起きることも、夜寝ることも、生きてることすらも怖くなった。

一切学校に行けなくなると、本当にお家が地獄になった。親がストレス発散だと言って物にぶつかり始めた。親は僕のお気に入りの服を捨てた。嫌って止めようとしたけど、目の前で見るようにと親は言って目の前でハサミを持って来て服を何着も切り刻んだ。直せないくらい破かれてお母さんが許せなかった。
大切にしてた物も作ったケーキも取り返せないように生ゴミと一緒にゴミに出された。

そのうちお父さんは「お前がいると楽しくない。仕事からこの家に帰ってくるのが憂鬱で仕方ない。」と言って毎晩出て行くようになった。毎晩出て行くたびにお母さんは僕に腹立たしい気持ちをぶつけてた。寝られなかった。

親は学校に行かせるために必死だった。お父さんもお母さんも仕事を休んで一緒になって叩き起こして無理矢理着替えさせられてた。うでが切れるんじゃないかってくらい引っ張られて痛かった。泣き叫んでも抵抗する力がもうなかった。
「お前はおかしいからなんかの病気があるに違いない。家にいるのは絶対許さないから学校行くのか病院行くのか、どっちかにしろ」って言われた。学校に行くほうが楽なのに鬱になった僕は一歩も外に足を出せなかった。

そのうち親は2人がかりで無理矢理引っ張って学校に連れて行くようになった。朝、身体を勢い良く蹴られた後、どこにも行かないようにと見張られ階段を引きずり落とされた。道に出ると、お母さんは僕の腕を両手で掴んで、お父さんは僕の後ろについて見張りをしていた。僕が歩かなくなるとお父さんは後ろから押された。足がすくんで立てなくなった。
知らない人が警察を呼ぼうと声をかけて来た。その先に僕は力を出して立ち上がって精一杯の力でお母さんの腕を振り切って走った。どこへ行くんだ!と怒鳴られて走って追いかけて来た。僕は必死に走った。どこも行くところなんかないのに泣きながら走り続けて、仕方なく学校に逃げ込んだ。
学校に入ったら親は校門からは入ってこなかった。学校の先生はそのことについてなにも知らないから僕は泣いてたけどなにも言わなかった。

そんな毎日が続いて、僕はいつの間にかご飯を食べなくなった。食べないとお母さんに「私が作ったものが食べれないって言うの?」と怒られてばかりだった。それでも食べれなくなって、お父さんが「お前それでも人間か?お前はほんとに人間としての価値がないな」と言われてた。

そのうち親に「あなたが娘なんて恥ずかしいし嫌だから親と気安く呼ぶな」と言われるようになった。もう手に負えないから施設や寮に預けるからと毎晩お母さんとお父さんはネットで調べてて、もう捨てられるんだって覚悟してた。

毎日監視され始めた。お母さんに「あなたがどこにも行かないように、私も用事を辞めてあなたを監視する」と言われてた。とうとう僕の部屋たたも散策されるようになって日記やノートを見られてた。怖くてなにも反論できなかった。髪が抜け始めた。親に言わあなたのせいで私たちが病気になるって言われてた過呼吸の真似されてどうすればいいのかわからなくなってた。ひとりで毎晩泣いてた。

親に反論したら逆らうことは絶対禁止だと教えられてきた。
胸ぐらを掴まれた時、勇気を出して「なんでそんなことをするの?」と聞いた。泣きながら反抗をした。「親なんだから当たり前の行動をしてる。あなたが気に食わなくなる行動をとるからいけないんだ。少し優しくするとすぐ甘えてやがる。怠けて生きてるからだめなんだ。」と言われた。怖かった。

誰にも苦しみを話せなかった。誰にも助けてと言えなかった。心の中で何度も助けてと叫んだ。素直な子になれば愛されると思ってた。努力しても僕はなにもできなかった。さみしかった。